上司の席の横を、3回通り過ぎた。
4回目でやっと「お時間いいですか」と言えて、口から出たのは来週の資料の話だった。
席に戻って、また明日にしようと思う。
これを、もう何ヶ月か繰り返している。
「辞めたい」と思ってから実際に伝えるまで、半年や1年かかることは珍しくありません。
気持ちは決まっているのに、口が動かない。
その理由と、抜け出し方を書きます。
言えない理由は、たいてい4つのどれか
漠然と「怖い」と感じているとき、中身は混ざっています。
分けると、対処の見当がつきます。
1. 引き止められるのが怖い
「辞めさせてもらえないのでは」という不安です。
ここは法律がはっきりしています。
期間の定めのない雇用なら、民法627条により、退職の申し入れから2週間で雇用契約は終了します。
会社が「認めない」と言い続けても、効力はありません。
就業規則に「3ヶ月前までに申し出ること」と書いてあっても、民法が優先します。
契約社員や派遣など期間の定めがある場合は扱いが変わるので、契約書を先に見てください。
2. 気まずくなるのが怖い
残りの出社日を、あの空気の中で過ごすのかと思うと足がすくむ。
これは実務的に減らせます。
有給が残っていれば、伝えた翌日から消化に入る形にできます。
顔を合わせる日数そのものを削るという発想です。
有給の残日数は、給与明細か勤怠システムに出ています。
分からなければ、辞める話をする前に総務へ「今何日残っていますか」とだけ聞いておけます。
3. 収入が途切れるのが怖い
次が決まる前に辞めて大丈夫か、という不安です。
有給の残日数と、失業保険が出るまでの期間を先に数えると、空白の長さが具体的な数字になります。
自己都合退職の場合、7日間の待期期間のあとに給付制限があります。
この給付制限の長さは制度改正で変わっているので、自分がいつ辞めるかによって違います。
ハローワークの窓口で「今の制度だと自分は何ヶ月後ですか」と聞くのが確実です。
漠然と怖いのと、「3ヶ月分の生活費が要る」と分かっているのとでは、動きやすさが違います。
4. 逃げたと思われるのが怖い
これだけは、はっきりした対処法がありません。
ただ、辞めた後に前の職場の評価が自分の生活に触れてくる場面は、思っているより少ないです。
引き止められたとき、何を言われるか
先に知っておくと、その場で固まらずに済みます。
言われることは、だいたい決まっています。
「今は人がいないから、あと半年待ってくれ」
人員配置は会社が決めることです。
「申し訳ないのですが、退職日は○月○日でお願いします」と、日付を動かさずに返します。
「次はもう決まっているのか」
答える義務はありません。
決まっていなくても「決まっています」でも、退職の可否には関係しません。
言いたくなければ「まだ調整中です」で足ります。
「給料を上げるから残ってくれ」
条件の話にすると、断る理由を説明し続けることになります。
「金銭的な理由ではないので」と一度で切ったほうが短く終わります。
「後任が決まるまでは認められない」
認める認めないの話ではありません。
退職は申し入れで成立します。
ここで揉めそうなら、口頭のやり取りをやめて書面に切り替えます。
伝える手段は、口頭だけではない
面と向かって言うのが無理なら、方法を変えられます。
メール
送信記録が残ります。
「言った・言わない」になりにくい。
退職届を郵送する
内容証明郵便にすると、いつ何を送ったかが記録に残ります。
引き止めが強い職場では、これが一番早く終わります。
第三者に伝えてもらう
後述する退職代行です。
どれを選んでも、退職の意思表示としての効力は変わりません。
「直接言わないのは失礼だ」と言われることはありますが、それは礼儀の話であって、契約の話ではありません。
「タイミングを待つ」は、だいたい言わないための理由になる
繁忙期が終わったら。
後任が決まったら。
プロジェクトが一段落したら。
この3つを順番に待っていると、1年が経ちます。
繁忙期が終われば、次の繁忙期が来るからです。
タイミングを探している状態は、多くの場合「今日は言わなくていい理由」を探している状態と区別がつきません。
「いつ言うか」ではなく「いつまでに決めるか」を先に紙に書くほうが動きます。
迷惑がかかる、という計算について
人手不足の職場ほど、抜けたときの影響を大きく見積もります。
ただ、人員配置は会社が決めていることです。
1人が辞めて回らなくなる状態は、その1人が辞める前から会社の問題としてそこにあります。
実際に辞めた後、業務は再配分されて、時間はかかっても回っていきます。
「自分がいないと回らない」という感覚は、責任感が強い人ほど強く出ます。
言えないまま働き続けると、何が起きるか
気持ちと現実のずれは、時間が経つほど広がります。
よくある順番はこうです。
眠りが浅くなる。
日中の判断が鈍る。
仕事でミスが増える。
評価が下がって、さらに言い出しにくくなる。
この輪に入ると、自力で抜けるのが難しくなります。
次のうち複数が当てはまるなら、すでに負担が溜まっている段階です。
- 出社前に動悸がする、涙が出る
- 休日も仕事のことが頭から離れない
- 1ヶ月以上「辞めたい」と思っているのに一歩も動けていない
- 特定の人の顔を思い浮かべるだけで気分が沈む
ここまで来ていると、気合いで解決する話ではなくなっています。
自分の口から言わない方法がある
退職の意思は、本人が直接伝えなくても成立します。
代理人が伝えても、意思表示としては有効です。
それを引き受けるのが退職代行です。
依頼した日から、会社との連絡が自分を通らなくなります。
上司の席の横を通り過ぎる朝が、そこで終わります。
ただし、誰が代行するかで、できることが変わります。
民間企業は「伝える」ことしかできません。
労働組合と弁護士は、有給消化や退職日について会社と交渉できます。
未払いの残業代を請求できるのは弁護士だけです。
ここを間違えると、「交渉できると思っていたのに伝言しかしてもらえなかった」ということが起きます。
| できること | 民間企業 | 労働組合 | 弁護士 |
|---|---|---|---|
| 退職の意思を伝える | ○ | ○ | ○ |
| 有給消化を交渉する | × | ○ | ○ |
| 退職日を交渉する | × | ○ | ○ |
| 未払い残業代を請求する | × | × | ○ |
| 訴訟になったとき代理できる | × | × | ○ |
民間企業が交渉に踏み込むと、弁護士法72条に触れる可能性があります。
「交渉できます」と書いてある民間サービスがあれば、そこは疑ったほうがいい。
どれを選ぶかの目安
有給が残っていない、未払いもない、ただ言いたくないだけ。
この場合は民間企業でも足ります。
有給を全部使ってから辞めたい。
この場合は労働組合か弁護士です。
残業代が支払われていない、退職金でもめそう。
この場合は弁護士以外に選択肢がありません。
相談だけなら無料のところが多いので、料金を払う前に自分がどれに当たるかを聞いてしまうほうが早いです。
辞めると決めてから、当日までにやること
順番に並べると3つです。
有給の残日数を確認する。
会社から借りているものを一箇所にまとめる。
離職票が必要なら、その旨を伝えておく。
制服、保険証、社用のパソコン、鍵。
返すものを袋に入れておくと、最終日に手続きだけで終わります。
離職票は自動では届かないことがあります。
失業保険を受けるなら必須なので、先に言っておくほうが確実です。
言えなかった時間について
半年言えなかったことを、あとから責める人がときどきいます。
ただ、言えなかった半年は、無理をして持ちこたえていた半年でもあります。
順番として、まず持ちこたえるほうが先に来ただけです。
机の引き出しに、書きかけの退職届が入っている人がいます。
日付の欄だけが、まだ空いている。
※本記事は一般的な情報の提供を目的としたものであり、個別の法的判断を行うものではありません。具体的な対応については、弁護士等の専門家にご相談ください。


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