会議室に呼ばれるのは、今週で3度目だった。
1回目は課長、2回目は部長、今日は両方座っている。
腰を下ろすと、まず「もう一度考え直してくれないか」から始まる。
退職の意思はもう伝えています。
それでも話が終わらない。
引き止めが続くと、最後は体力の勝負になります。
同じことを何回言えるか、という話になっていく。
短く終わらせる形があります。
引き止めは、結局「日付をずらす交渉」
言われ方はいろいろですが、相手が動かしたいものは1つです。
退職日です。
「考え直してくれ」も「あと半年だけ」も「後任が決まるまで」も、日付を後ろへ動かす提案です。
ここが見えると、返し方が決まります。
話の中身には反論せず、日付だけ動かさない。
中身に反論すると、相手の土俵で長引きます。
引き止めは3つの型に分かれる
1. 情に寄せてくる型
「君がいないと困る」「みんな残念がっている」。
断りにくいのは、言っていることが嘘ではないからです。
実際に困るし、実際に残念がられている。
ここは否定しません。
受け取ったうえで、日付だけ繰り返します。
否定すると、話が「本当に困っているかどうか」に移ります。
この型は、会議室より廊下や飲みの席で出てきます。
公式の面談ではないぶん、身構えていないところに来ます。
その場で答えなくて構いません。
「あらためてご相談させてください」で持ち帰れます。
2. 条件を出してくる型
「給料を上げる」「部署を替える」「勤務時間を減らす」。
この型は、乗ると長引きます。
条件の話が始まった時点で、こちらは「その条件では足りない理由」を説明する側に回ります。
説明するほど、次の条件が出てきます。
「条件の問題ではないので」と一度で切ると、そこで止まります。
3. 日付を後ろへ動かす型
これが一番危ない型です。
「繁忙期が終わるまで」「後任が決まるまで」「年度末まで」。
断りにくいのは、拒否ではなく協力の形をしているからです。
そして期限を決めるのが相手になります。
春までと言われて待ち、春になると「せめて夏まで」と言われる。
後任が決まらなければ、期限は永久に来ません。
慰留と引き伸ばしは、見た目が似ていて中身が違います。
慰留は断れば終わります。
引き伸ばしは、断ったつもりでも終わりません。
返すときの形は1つでいい
受け止める一言のあとに、退職日を言い直す。
これだけです。
理由の説明を足すと、そこが議論の材料になります。
そのまま使える言い方を並べます。
- 「そう言っていただけるのはありがたいです。退職日は10月31日でお願いします」
- 「引き継ぎは最後までやります。日付のほうは変えられません」
- 「条件の問題ではないので、このまま進めさせてください」
- 「一度決めたことなので、10月31日で調整をお願いします」
- 「後任の件は承知しました。ただ、退職日は動かせません」
どれも、後半が同じ形になっています。
前半だけ相手に合わせて変えれば足ります。
メールで送るときの文面
毎回口で言うのがきついなら、文字にします。
送信記録が残るので、「言った・言わない」になりません。
1通目
件名: 退職日のご相談
お忙しいところ失礼いたします。
先日お伝えした退職の件ですが、退職日を10月31日でお願いしたく、改めてご連絡いたしました。
引き継ぎ資料は10月20日までに用意いたします。
ご確認のほど、よろしくお願いいたします。
2通目(引き止めが続いているとき)
件名: 退職日について(再度のご連絡)
何度も恐れ入ります。
退職の意思は変わっておりません。
10月31日での退職をお願いしたく、改めてご連絡いたします。
引き継ぎについては、ご指示いただければ調整いたします。
2通目に書くのは、意思が変わらないことと日付だけです。
気持ちの説明は入れません。
入れると、返信でそこを拾われます。
何回まで付き合うか
目安があります。
同じ話が3回目に入ったら、口頭のやり取りをやめます。
3回目まで来るということは、説得で終わらせるつもりだということです。
ここから先は書面のほうが早い。
退職届を出す。
受け取ってもらえないなら、内容証明郵便で送ります。
いつ何を送ったかが記録に残ります。
期間の定めのない雇用なら、民法627条により、退職の申し入れから2週間で雇用契約は終了します。
就業規則に「3ヶ月前までに申し出ること」と書いてあっても、民法が優先します。
「認めない」と言われ続けても、効力はありません。
2週間の数え方は即日退職は法律的に可能かで扱っています。
脅しの形をとる引き止め
数は多くありませんが、あります。
「損害賠償を請求する」
辞めること自体を理由に賠償を求めるのは、通りません。
ただ、金額の話が出てきたら、その場で何も答えないほうがいい。
「持ち帰ります」で切って、労働基準監督署か弁護士に聞いてから返します。
「離職票を出さない」
離職票の交付は会社側の手続きです。
出してもらえないときは、ハローワークに相談する窓口があります。
これは辞める前から手を打てます。
退職を伝えた時点で「離職票をお願いします」と言っておくと、忘れられる事故も減ります。
「懲戒にする」
退職を申し出たこと自体が懲戒の理由になることは、通常ありません。
この言葉が出たら、口頭のやり取りをやめる合図だと思っていい。
以降はメールに寄せます。
記録の残らない場所で言われた内容ほど、あとで無かったことになります。
パート、看護師、契約社員の場合
辞めにくさの質が変わります。
パートやアルバイトは、シフトを持ち出されることがあります。
「来月のシフトはもう組んでしまった」。
シフトを組むのは会社の作業で、退職できるかどうかとは別の話です。
看護や介護のように資格で人が回っている職場は、代わりがいないことを理由に伸ばされやすい。
ここも同じで、人員の手当ては雇う側の仕事です。
扱いが変わるのは、契約社員や派遣のように期間の定めがある場合だけです。
先に見るのは契約書の2か所、契約期間と、途中で辞めるときの条項です。
有給を全部使ってから辞めたいとき
引き止めと同時に、有給でもめることがあります。
「引き継ぎがあるから消化は無理だ」と言われる形です。
順番を変えると1回で済みます。
先に退職日を確定させて、そこから逆算して消化の日程を出す。
日数が先だと、毎回そこから交渉になります。
残日数の調べ方は退職時の有給消化・退職金にまとめています。
断れないのは、意志の弱さではないことが多い
何度も引き止められて折れる人は、たいてい相手の事情が見えている人です。
誰にどれだけ負担がいくかまで分かるから、断り切れない。
この重さの扱い方は退職の罪悪感が消えないときに書きました。
そもそも切り出せていない段階なら、なぜ「辞めます」の一言が言えないのかのほうが先です。
それでも終わらないとき
書面を出しても話が続く職場があります。
そこまで来ると、言葉が届いていないというより、届かせない運用になっています。
会社と交渉できるのは、労働組合と弁護士だけです。
民間の代行業者は、伝えることしかできません。
退職日や有給の日数でもめているなら、伝言では終わりません。
未払いの残業代まで絡んでいるなら、弁護士以外に選択肢がありません。
断りきったあとの空気
残りの出社日が気まずくなるのを心配する人がいます。
実際には、日付が決まると相手も切り替えます。
引き継ぎの段取りに話が移ると、説得の話は出なくなります。
気まずいのは、日付が浮いている間だけです。
だから、早く固めたほうが楽になります。
次の面談は、金曜の16時に入っている。
そこで渡す封筒は、もう鞄に入れてある。
※本記事は一般的な情報の提供を目的としたものであり、個別の法的判断を行うものではありません。具体的な対応については、弁護士等の専門家にご相談ください。



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