同じ業界の会社から、内定の連絡が来た。
扱う商品も、回る地域も、今とよく似ている。
これまでの営業の経験が、次の職場でもそのまま生かせそうです。
同業の会社に移ること自体が、すぐに問題になるわけではありません。
辞めたあとの同業への転職を縛る約束は、職業選択の自由との関係から、有効と認められる範囲が限られているからです。
まず自分の就業規則と誓約書に何が書いてあるかを読めば、次にやることが決まります。
最初に開くのは、就業規則と入社時の誓約書
同業他社への転職で見ておきたいのは、「競業避止」と呼ばれる決まりです。
ここでは、辞めたあと一定の間、同じ業種の会社に移ったり、同じ商売を始めたりすることを控える約束を指します。
書かれている場所は、就業規則の退職や服務の条、入社のときに出した誓約書、秘密保持の誓約書などです。
社内ポータルの規程集を開いたら、「競業」「同業」「秘密」の三つの言葉で検索をかけます。
誓約書の控えが手元に無いときは、人事に写しを見せてもらえるか聞けます。
見つかった条項は、次の五つを書き出しておくと、あとで読み返すときに迷いません。
1. 何年、または何か月の間の約束か
2. どの地域が対象か
3. 禁止されているのは、どんな仕事か
4. 対象になっているのは、誰か(全員か、特定の役職か)
5. 約束の見返りとして、会社から何か出ているか
辞めたあとの約束は、狭く考えられている
日本国憲法22条1項は、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を保障しています。
経済産業省の資料は、在職中の競業行為が認められないのは当然だとしています。
そのうえで、退職後に競業避止の義務を課すことは、職業選択の自由を侵害し得ることなどから、制限的に解されていると説明しています。
同じ資料は、判例で競業避止の約束が有効かどうかを判断するときに見られる点として、六つを挙げています。
守るべき企業の利益、従業員の地位、地域の限定、約束の期間、禁止される仕事の範囲、代償の措置です。
先に書き出した五つの項目は、この六つのうち「守るべき企業の利益」を除いた残りの五つに対応しています。
出典: e-Gov法令検索「日本国憲法」/経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」参考資料5「競業避止義務契約の有効性について」
条項を読むときに見られる六つの点
1. 守るべき企業の利益(営業職の顧客との関係)
営業職にとって気になるのは、顧客との関係の扱いです。
資料には、顧客との人的な関係について判断した判例もあると書かれています。
何度も訪問して説明を重ね、長い期間の地道な営業活動が要るような場合があります。
その関係づくりが会社の信用や業務として行われたものであれば、企業側の利益があると判断されやすいとされています。
2. 従業員の地位
合理的な理由なく従業員すべてを対象にした規定は、合理性が認められにくいとされています。
特定の職位にある人全員を対象にしているだけの規定も、同じく認められにくいとあります。
書き出した4番の「誰が対象か」を、ここで見返します。
3. 地域の限定
地域的な限定があるかどうかも、判断のときに見られる点の一つです。
条項に地域が書かれているか、書かれていればどこまでかを、2番の欄に書き写しておきます。
4. 約束の期間
期間は、おおむね1年以内なら肯定的に捉えられている例が多いとされています。
その一方で、近年の事案では、2年の期間を否定的に判断した例も見られるとあります。
5. 禁止される仕事の範囲
業界の事情にもよるとしたうえで、競業企業への転職を一般的・抽象的に禁止するだけでは、合理性が認められないことが多いと書かれています。
「同業他社への就職を禁じる」とだけあるのか、仕事の中身まで書かれているのかを見分けます。
6. 代償の措置
代償と呼べるものが何も無い場合には、有効性を否定されることが多いとされています。
約束の見返りとして手当などが出ていたかは、給与明細や雇用契約書を見返すと手がかりになります。
六つは、判断のときに見られる点です。
自分の条項がどう扱われるかは、書かれ方や個別の事情で変わるので、この六つだけで有効・無効を決めつけないでおきます。
出典: 経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」参考資料5「競業避止義務契約の有効性について」
顧客情報と営業資料は、会社に置いていく
競業避止の条項とは別に、同業へ移るときに気をつけたいのが、顧客の情報です。
不正競争防止法2条6項は、「営業秘密」という言葉の意味を定めています。
秘密として管理されていて、販売方法など事業に役立つ情報で、世の中に知られていないもの、という意味です。
経済産業省の営業秘密管理指針は、秘密管理性・有用性・非公知性の三つをすべて満たすことが、法の保護を受けるために必要だとしています。
同じ指針には、ゆるやかな管理でも秘密管理性が認められた裁判例が載っています。
顧客情報の写しが自宅に持ち帰られていた例で、営業上の必要から持ち帰ったもので、従業員が秘密だと容易に認識できたとされました。
厳重に鍵がかかっていなかった情報でも、会社の秘密として扱われることがある、ということです。
出典: e-Gov法令検索「不正競争防止法」/経済産業省「営業秘密管理指針」
段取りとしては、手元にあるものを一度見渡し、行き先を決めていきます。
業務で使った資料、見積書の控え、名刺、顧客の連絡先は、会社のものとして社内に残し、引き継ぎの材料にします。
社用のパソコンから私用のメールへ送った資料や、私物のスマホに入れた取引先の連絡先は、消しておきます。
紙の資料や持ち帰った書類で、どう返せばいいか迷うものは、上司か総務に返し方を聞きます。
退職のときに誓約書を出されたら
退職の手続きの中で、競業避止や秘密保持の誓約書に署名を求められることがあります。
その場ですぐ書かなくても、読んでから返事をしたいと伝えて、持ち帰れるか聞くことはできます。
例(誓約書を持ち帰って読みたいときの型):
「内容をきちんと理解してから署名したいので、〔〇〇〕日まで持ち帰って読ませていただけますでしょうか。
わからない点があれば、〔〇〇〕さんにご相談してもよろしいでしょうか。」
持ち帰ったら、最初に書き出した五つの項目に沿って読み直します。
期間、地域、禁止される仕事、対象者、見返りのどこかが抜けている、または意味が取れないときは、その箇所に印をつけます。
印をつけた箇所は、担当者に意味を聞いてから返事をします。
署名したものは写しをもらい、入社時の誓約書と内容が変わっていないかも見比べておきます。
迷ったら、内定先の人事と相談コーナーに話す
条項の中身がわかったら、入社前に内定先の人事にも伝えておきます。
担当する地域や顧客をどう割り振るかを、入社前に一緒に相談できるからです。
読んでも自分の場合に当てはまるのかわからないときは、総合労働相談コーナーで相談できます。
各都道府県の労働局や全国の労働基準監督署の中などにあり、予約は要らず、無料で面談か電話で話を聞いてもらえます。
就業規則の該当する条、誓約書の写し、書き出した五つの項目のメモを持っていくと、話が早く進みます。
進める順番
1. 就業規則と誓約書から、競業避止と秘密保持の条項を探す
2. 期間・地域・仕事の範囲・対象者・見返りの五つを書き出す
3. 私用のメールや私物のスマホに入れた会社の顧客情報を消す
4. 業務の資料と顧客の連絡先を、引き継ぎ用に社内のシステムでまとめる
5. 条項の中身を、入社前に内定先の人事に伝える
6. 退職時に誓約書を出されたら、持ち帰って五つの項目で読む
次に出社したら、規程集で「競業」を検索する
今日のうちに進められるのは、1番です。
次に出社したら、社内ポータルの規程集を開き、検索窓に「競業」と打ち込みます。
出てきた条の番号を控えて、その条を最後の行まで読みます。
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