後任が決まっていない引き継ぎ書は、宛名のない手紙に近いものです。
読むのは上司かもしれないし、半年後に入ってくる新しい人かもしれません。
誰が読んでも、書いた本人に電話をかけずに仕事を再開できる。
そこまで書けていれば、退職日に引き継ぎが終わっていなくても、渡すものは渡せています。
口頭で教える相手がいないぶん、書類がすべてを背負います。
ただ、全部を文章で説明しようとすると、何十ページにもなって誰も読みません。
書くのは「何の仕事が、いつあって、どこに何があるか」の一覧と、そこから先へたどるための道しるべです。
業務を、回ってくる間隔ごとに書き出す
最初の1時間は、思いつく仕事を順番を気にせず書き出します。
出しきったら、回ってくる間隔で並べ替えます。
毎日、毎週、毎月、四半期、年に1回、頼まれたときだけ、の6つに分けると、抜けが見つけやすくなります。
表にすると、次のような形になります。
| 業務 | 間隔・期限 | 置き場所 | 関わる相手 | 今の状態 |
|---|---|---|---|---|
| 売上日報の集計 | 毎日 10時まで | 共有フォルダ 営業部/日報/2026 | 部長 | 通常どおり |
| 〇〇社の月次請求 | 毎月 25日 | 販売システム/控えは書庫の青いファイル | 〇〇社 経理の〇〇様 | 10月分は発行済み |
| 展示会の出展申込 | 年1回 1月 | 共有フォルダ 営業部/展示会 | 主催事務局 | 来年分は未着手 |
表の右端の「今の状態」が、後任のいない引き継ぎでは特に効きます。
途中で止まっている仕事は、止まった場所が分からないと、誰も続きを拾えません。
「見積りを出して返事待ち」「先方の押印待ち」のように、次に誰が動く番なのかまで書きます。
年に1回の仕事は、カレンダーと送信済みメールから拾う
抜けやすいのは、毎日の仕事ではなく、年に1回しか来ない仕事です。
覚えているつもりでも、書き出す日に思い出せないことがあります。
拾うには、過去12か月の予定表を1か月ずつさかのぼって見ます。
そのあと、メールの送信済みフォルダを月ごとに眺めます。
自分が誰に何を送ったかの記録は、自分の記憶より正確です。
年度末の報告、更新の手続き、毎年同じ時期の発注などが、ここで見つかります。
自分が入社したときに前任者から受け取った資料が残っていれば、それも開きます。
当時は書かれていて、今は自分のやり方に変わっている手順があれば、引き継ぎ書には今のやり方を書きます。
古い資料を添付するときは、どこが今と違うかを一言そえておかないと、読む人は古いほうを信じます。
置き場所は、たどり着ける書き方で書く
「共有フォルダにあります」とだけ書いた引き継ぎ書は、読む人を迷わせます。
フォルダの階層を上から順に書き、ファイル名まで入れます。
紙の書類なら、どの棚の何段目の、何色のファイルかまで書きます。
システムや取引先のサイトにログインして行う仕事は、どのシステムで、どの画面から入るかを書きます。
パスワードそのものは、引き継ぎ書に書き込みません。
アカウントの切り替えや受け渡しは、社内の手順に沿って、上司や管理者と相談して決めます。
1つの業務について、どこまで書けば足りるかの目安を置いておきます。
例(引き継ぎ書の1業務分):
業務名: 〇〇社 月次請求書の発行
いつ: 毎月25日(土日祝なら前の営業日)
手順: 販売システムの「請求」画面で〇〇社を選び、当月分を発行して、PDFを〇〇社の経理〔〇〇〕様へメールで送る
置き場所: 発行したPDFは 共有フォルダ/営業部/請求/〇〇社/2026
注意: 〇〇社は締め日が20日のため、21日以降の出荷分は翌月に回す
今の状態: 10月分は発行済み、11月分から引き継ぎ
問い合わせ先: 経理部〔〇〇〕さん(社内の手続きに詳しい)
手順は、自分がふだん無意識にしている操作ほど省きがちです。
書いたら一度、その手順だけを見て画面を操作してみます。
途中で迷った所が、書き足す所です。
自分のパソコンの中にしか無いものを、外に出す
引き継ぎ書を書いているうちに、資料の置き場所が「自分のパソコンのデスクトップ」になっている業務が見つかります。
個人のフォルダやメールの添付にしか無いファイルは、退職してアカウントが止まると、誰も開けなくなることがあります。
共有の場所に移し、引き継ぎ書には移した先を書きます。
移すときに、ファイル名も見直します。
「最新」「修正版2」「最終_本当に最終」といった名前は、作った本人にしか区別がつきません。
日付と中身が分かる名前に付け替えて、古い版は「旧」のフォルダにまとめます。
どのファイルを移してよいか、社内の決まりで迷うものは、上司に聞いてから動かします。
書類にならない知識もあります。
「〇〇社の担当者は、電話よりメールのほうが返事が早い」「この見積りは毎回、値引きの相談が来る」。
こうした取引先ごとのくせは、業務の一覧の「注意」の欄に1行ずつ書き足しておくと、半年後に読む人の役に立ちます。
読む人を、上司に決めてもらう
後任がいなくても、引き継ぎ書を受け取る人はいたほうがいい。
書き終える日の1週間ほど前に、上司に「この書類を、いったん誰が預かるか」を決めてもらいます。
預かる人が決まれば、その人の空いた時間に30分でも画面を一緒に見ながら説明できます。
例(上司への一言):
「引き継ぎ書は〔〇〇〕月〔〇〇〕日までに、共有フォルダの〔〇〇〕に置きます
後任の方が決まるまで、どなたに預かっていただくか、決めていただけますか
最終出社日までに、その方と一度、内容を一緒に確認できればと思っています」
「後任が決まるまで辞めないで」と言われたとき
引き継ぎの話をしていると、こう言われることがあります。
民法627条1項は、期間の定めのない雇用について、解約の申入れから2週間がたつと雇用が終わると定めていて、2週間は申し入れが会社に届いた時から数えます(民法97条1項)。
厚生労働省のモデル就業規則の解説も、期間の定めのない雇用では、会社の承認がなくても、原則として14日を経過したときは退職となる、と説明しています。
一方で、厚生労働省のハンドブック「知って役立つ労働法」は、予告もせずにいきなり会社に行かなくなると、会社から問題視されてトラブルに発展する場合がある、としています。
退職の意思を上司に伝え、書面で届け出て、仕事の引き継ぎをするといった社会的ルールを守ってやめることが、トラブルの防止のために大切だ、という書き方です。
そのうえで、就業規則などに退職の申し出の時期を定めている会社も多いので、退職の手続がどうなっているかを調べることも必要だ、としています。
自分の会社の決まりは、就業規則の退職の条を開いて確かめます。
「1か月前までに申し出る」のような定めがあるなら、その日数と、引き継ぎ書を仕上げる日を、同じカレンダーに書き込みます。
申し出の時期の考え方は、退職を伝えるのは内定の前?後?でも触れました。
契約社員など期間の定めがある働き方は、この説明とは扱いが変わります。
自分の契約がどちらに当たるか分からない、話がこじれて前に進まない、というときは、労働局や労働基準監督署の中に置かれている総合労働相談コーナーに電話で聞けます。
お金はかからず、予約も要りません。
ただし窓口が開いているのは平日だけで、土日・祝日と12月29日から1月3日までは閉まっています。
受付の時間や昼の休憩は窓口ごとに違うので、厚生労働省の一覧で近くの窓口の時間を確かめてからかけます。
出典: e-Gov法令検索「民法」第97条・第627条/厚生労働省「モデル就業規則」第52条の解説/厚生労働省「知って役立つ労働法~働くときに必要な基礎知識~」/厚生労働省「総合労働相談コーナーのご案内」(当サイトで要約)
引き継ぎ書は、最終出社日の前日に完成させるものではありません。
預かる人と一緒に読む時間を残して、その2〜3日前には形にしておきます。
表の「今の状態」の欄だけは、最終出社日の夕方にもう一度書き換えます。
今夜やるのは、その手前の1つです。
メールの送信済みフォルダを1年前の月まで戻し、毎年同じ時期に送っている宛先を、紙に書き出します。
アイキャッチのイラストはAI生成です。



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